2020年からのコロナ禍の影響も経て、ビジネスモデルや事業形態の変更に直面した企業は多く、社会状況やトレンドの変化に合わせながら「人材活用の在り方を見直し、営業・業務設計も併せて最適化させつつ、新規性の高い事業開発や従来事業形態の改善を行う」という課題に向き合うケースが増えていると言われています。しかし、実際に事業について根本から考え直すのは簡単ではなく、こと新規事業開発においては「調査や分析より議論に終始しがち」「営業活動やマーケティングへの過度な投資」「採用・人海戦術に依存した体制」などのよく陥りやすい “落とし穴” があるのも事実。本記事では、2023年9月25日開催のウェビナー『DNP新規事業開発責任者が教える!優良な“ビジネスモデル”で成功確率を上げる新規事業開発の方法』の内容をもとに、何よりもまず事業の根幹を形作るビジネスモデルの整理・策定方法に焦点を当て、ビジネスに欠かせない要素を分解しながら取り組んでいくポイントやプロセスについて要点をピックアップしました。登壇者紹介山田 洋介大日本印刷株式会社1991年にDNP入社。1996年からインターネットメディア開発などメディア・コンテンツ系の事業開発を担当。2003年~2014年にはiモード上でのJリーグクラブ専門メディア事業を別会社に切り出して展開。現在は出版事業領域でファンメディア開発に従事。こんな方におすすめの内容です新規事業開発をスタートするにあたり基本を知りたい方新規事業の立ち上げにおける、良いビジネスモデルについて学びたい方社内ですすめるためのプロセスや成功確率を高めるポイントを知りたい方立ち上げができれば収益化は夢ではない?新規事業開発の実態今回は、まず新規事業開発というのはなぜ必要とされているか、というところから改めて振り返っていきたいと思います。私は、イノベーションの “3つのドライバー” として、「技術革新」「社会構造」「心理変化」という世の中の外部要因の変化があり、ビジネスがこれに対応するために新規事業というものは必要だと考えています。ひと言にまとめてしまえば「新規事業は外部環境の変化に対応する最善の策」だということです。では、新規事業開発は実際どのくらい行われているのか、そんな上手くいくものなのかと気になる方もいらっしゃると思います。こちらは中小企業庁が発表している2017年時点のデータにはなりますが、立ち上げ自体に成功しているのは29%、収益化にも成功しているのは14%という実態があらわれています。しかし、見方を少し変えると、立ち上げに成功すれば約半数は収益化にたどりついているとも言えますので、しっかりと準備をして取り組んでいけば期待を持てないものではないと考えていいのではないでしょうか。私の所属するDNP(大日本印刷株式会社)でも新規事業開発は活発に行なっていまして、今では売上・利益の半分近くは、従来の印刷関連ではなくデジタル関連など新規事業としての取り組みが占める形になっています。ビジネスモデルとは何か?事業の仕組みを形作る3つの要素早速、今回のテーマにもしている「ビジネスモデル」について触れていきましょう。ビジネス(事業)を作るということが事業開発ですが、そもそも事業とは何かを捉えていないといけません。私は、ビジネス=事業には型があると考えており、具体的な定義は様々あるとは思うのですが、その型を「ビジネスモデル」と呼ぶと今回は考えていただければと思います。野村総研さんの解説を参考として引用させていただきますが、重要なことを端的にわかりやすくまとめてくださっていると感じますね。ポイントは、ビジネスモデルには「誰に(Who)」「何を(What)」「どうやって(How)」という3つの要素が欠かせないということです。つまり「どのような顧客がどのような価値に対してどう対価を支払ってくれるのか」を仕組み化する考えが必要になってきます。これは、複雑に分析したり表現することはできても、実はシンプルに考えるほうが難しかったりします。どのようなビジネスなのか聞かれて誰でもすぐわかるように答えられるかどうかというようなイメージでしょうか。シンプルな表現・考えのほうが早く・強く・汎用的なものになり得ますが、そのためにはコツもあり簡単とは言えませんので、基礎からしっかり理解を深めていかなければなりません。まずは3つの要素をそれぞれ少しブレイクダウンしておきましょう。1つ目の「誰に(Who)」は、おおむねそのままですが、自身のビジネスに対価を払う顧客というのはどのような誰かということです。いかに魅力的なものものであっても、それを求める相手がいなければ十分に提供できない、つまりビジネスとして成立しなくなります。2つ目の「何を(What)」は、提供するものは何か、さらにはそれがもたらす価値は何かということです。それがあると何が起こり、顧客のどのような課題を解決してどのような態度変容が生まれるのかと言い換えてもいいでしょう。3つ目の「どうやって(How)」は、いくらで、どこで、どのような方法で提供するのかということです。こちらも、想定されるターゲット(顧客)がいて求められるもの(商材・価値)もあっても、適切に届くようになっていなければ意味がなくなってしまいますね。私の企業でも、あるいは皆様の場合もよくあることだと思いますが、これらのうち3つ目の「どうやって」に議論が集中しすぎることが非常に多いです。顧客・消費者目線でもイメージしやすいからでしょうか。もちろんいずれも重要な要素なのですが、あくまで三位一体のものですので、1つ目と2つ目をおろそかにせず設定し仮説を作れるように気をつけなければいけません。今回は特にそこにフォーカスしてお伝えできればと思います。ビジネスモデル策定の2パターン:顧客起点or価値起点実際の事業、ビジネスモデルの作り方には大きく2つのパターンがあると考えています。ひとつは “顧客起点” で、まずターゲットを決めてニーズを調査・分析し、それに合った商材・価値を用意し提供する方法です。つまりあらゆる検討を顧客からスタートさせます。事業開発分野では「マーケットイン」とも呼ばれます。もうひとつは “価値起点” で、自社が生む商材・価値に対応するニーズを持った顧客・市場を探し提供していく方法です。こちらは顧客ではなく提供物からスタートしていることになり、「プロダクトアウト」とも呼ばれます。先ほどのビジネスモデルの3要素のうち、起点になっているのが1つ目なのか2つ目なのかの違いということですね。どちらのパターンが正しい・正しくないということはなく、現実にどちらのパターンでも世の中にビジネスは多数生まれています。ただ、後者(価値起点)は従来日本で多かったもののあまり成功してこなかったとも評される開発モデルで、現代ではどちらかというと前者(顧客起点)で収益化にも重点を置きながらつくっていく考え方が主流になってきている印象があり、多くの企業で取り組みやすい方法ではないかと思います。価値起点の開発には、自社で自負している以上に、今の時代でも埋もれない、明らかに尖った革新性が商材・価値自体に非常に強く求められるということがネックになりやすいかもしれません。私が取り組んできた新規事業開発のプロジェクトも、ほとんどが顧客起点で進められていたものが多く、今回お伝えすることも基本的に顧客起点ベースでまとめさせていただきます。要素を分解しながら繰り返す!事業開発プロセスとポイントでは、ビジネスモデルの考え方を利用して実際に事業開発していくプロセスについてお話しさせていただきます。ビジネスモデルの3要素を先ほど紹介しましたが、顧客起点の事業開発において、それぞれの要素に対してどのように検討していくのかをまとめました。よく最初に行われるのが、ざっくりとビジネスのアイデア・テーマ出しだと思うのですが、その先にあるのがこのプロセスだと思っていただければと思います。1つ目の「顧客の設定・分析」ステップでは、アイデアに基づき、顧客を仮設定した上で、インサイトやニーズ、つまりその顧客の課題心理として「何を考えているのか・求めているのか」「どのようなことに困っているのか」などを徹底的に検討して仮説立てることになります。この際、ひとりの個人をイメージするだけでなく、その集合体として市場がどのくらい規模かなどもおさえます。ここでの準備は、体制やノウハウによっては社内だけでは難しいと思いますので、外部からマーケティングに関する知見や技術も活かして整理していくケースもあります。2つ目の「提供価値の設計」ステップでは、想定した顧客ニーズを満たすサービスや商品について具体的に検討を進めていきます。ここでは多くの情報が飛び交いやすく、世の中のトレンドや新技術、生活者意識や人口動態の変化、類似の市場からのベンチマークなどをはじめ、ビジネスを取り巻く外部要因や参考データを可能な限り活かして多面的に練っていく必要があります。3つ目の「提供方法の設計」ステップでは、提供商材・価値は実際にどう作るのか、どのようなチャネルやプラットフォームを使って売っていくのか、どのくらい何にコストをかけてどう回収し収益化するのか、それに必要なリソースは何か、競合と差別化されて届くのかといったことをまとめます。ここまでくると事業の骨格がおおむね設計されてくるのではないでしょうか。私のこれまでの活動における個人的な反省としては、最初の「顧客の設定・分析」が甘いままだとなかなか事業が形になっていかない、あるいは収益化が上手くいかないということが起きやすいように思っています。3つ目のステップまで進めていき、全体像が見えはじめたときに「なにか違うかもしれない」「上手くいくイメージが持てない」という懸念が出てくることもありますので、そういった際は1つ目に戻って整理し直していくという流れで考えておくとよいでしょう。顧客設定に役立つロジックツリー整理最初のプロセスであり、最も前提となる顧客の分析についてですが、これは言い換えれば市場の分析でもあります。考え方としては、まず顧客を決める、つまりセグメント/ターゲティングをなるべく具体的に設定するということから始めます。それが決まると、その顧客像の規模はどのくらい・何人で、どんなことに時間やお金を使っているのか、どこにいるのかなどの精査に進めます。端的にはこれが謂わば市場の分析です。顧客を具体的に決めるというのは簡単ではないため、なんとなく広めに設定してしまいがちですが、広くしすぎるとそのインサイトやニーズ、行動傾向などを精査・分析しづらくなるという点には注意してください。多くの場合、やはりいかに顧客を明確化できるかがスタート時の最重要ポイントになると思います。この準備には、「ロジックツリー」というようなフレームワークをおすすめすることがあります。新規事業開発に限らず様々な業務でも使えますので知っている方もいらっしゃるかもしれません。このように、ターゲットの候補となるユーザー全体を細分化しながら整理できると、闇雲に広くなりすぎず、ターゲティングすべきセグメントの基本的な属性や特性を区切りやすくなるでしょう。提供価値の設計はビジネス全体像とともに具体化顧客設定に加えて、今回は提供価値(商材やサービス)の設計のについても触れていきます。このプロセスでは、いくつかのフレームワークを活用しながら可視化していくのが最も取り組みやすいと思います。ただし注意点があり、「フレームワークを使うのはあくまで手段であり目的ではない」ということと、「顧客が決まっていないと有効には駆使できない」ということはおさえておいてください。繰り返しにはなりますが、何よりも重要な起点となるのはまず顧客設定です。その上で、今回おすすめするもののひとつは「リーンキャンバス」と呼ばれるものです。このフレームワークでは、顧客セグメントやその課題をもとに、提供価値なども具体化し、コスト構造や収益の流れまで、先ほどのプロセスの流れ同様の考え方でひとまとめに可視化していくことができます。上記は記入することの説明付き雛形になりますが、このフレームワークには基本となる使い方があり、考える順番としてまず右上の「①顧客セグメント」から整理していきます。その次に、その顧客セグメントにおける課題、つまりインサイトやニーズに関わることを左上の「②課題」に落とし込みます。さらに、その課題をどのように解決するのかという提供価値を真ん中の「③独自の価値提案」に、どんなツールを使って解決できるのかを「④ソリューション」に、それはどこで提供するのかを「⑤チャネル」に、そしてそれらによりどうコストをかけてどんなKPIで収益化していくのかを「⑥収益の流れ」「⑦コスト構造」にまとめていきましょう。上記は実際の記入例になりますので、取り組まれる際はぜひ参考にしてみてください。これだけで事業が出来上がるわけではありませんが、どのようなビジネスとするのかをわかりやすくまとめられるはずです。もうひとつ、今回は加えてご紹介させてください。先ほどのリーンキャンバスによく似ていて、もしかするとリーンキャンバス以上に有名かもしれませんが、「ビジネスモデルキャンパス」と呼ばれるものです。見た目も非常に似ていますが、こちらのビジネスモデルキャンバスは、より「事業を正確にビジネスモデルとして整理・認識する」ためのものとしてよく活用されています。記入すべきこともおおむね同様の部分も多いですが、異なる部分もあり、リーンキャンバスは課題をはじめとして顧客寄りの情報も含めていたのに対し、ビジネスモデルキャンバスではもう少し事業寄りの観点に重点が置かれています。このフレームワークだと、事業の実際の仕様をさらに落とし込むことになり、ビジネスモデルの3要素として本日解説した「誰に」「何を」「どうやって」という点も必然的に可視化されます。このフレームワークは、もちろん新しく事業をつくる際に使えるものですが、それだけではなく既存のビジネスを分解して整理してみるのにもおすすめです。自社の事業を見直すのに活かしたり、あるいは他社の事業をわかる範囲で分析したりすることで、新規事業開発に必要な考察に慣れるのに役立つかもしれません。また、このビジネスモデルキャンバスが良く出来ているのは、本日も触れたビジネスモデルづくりの2パターンのいずれにも対応しやすいという点です。右側から考えていくと「顧客起点」の事業開発の流れとなり、左側から考えていくと「価値起点」、つまり自社のリソース(資産)などを出発点とした事業開発の流れになると言えます。本日は右側からの考え方をベースとしてご案内させていただきましたが、お話ししたとおり、左側からの事業開発が悪いわけではありませんので、場合に応じてこうしたフレームワークを柔軟に活用できると進めやすくなるかと思います。まとめ最後に、非常にシンプルな話で恐縮ですが、本日のまとめとしてお伝えしたいのは「ビジネスに正解はない!」ということです(笑)。ただし、単なるアイデア勝負で一攫千金を狙うようなやり方ではなく、事業・ビジネスモデルの考え方や伝え方を知り、数をこなせるようになるということが、成功に近づくための唯一の方法でもあります。顧客設定を変えてみるのか、提供価値を変えてみるのかなど、今回ご紹介したような整理・分解をしながらビジネス要素を組み換えてみて、上手く回るようになるまでトライアンドエラーを重ねていくということがとても大切です。私自身、軽い思い付きでスタートして、失敗した上に何も残らなかったというような経験もあります。その点、こうしてビジネスモデルの考え方を活用することで、何が問題だったか、どこを変えれば良くなりそうかといったことを振り返って考え、学びにしやすくするためのものでもあるとも言えると思います。皆さんも新規事業開発にチャレンジしやすく、また日本全体で新しい商品やサービスが活発に生まれやすくなるといいなと願っています。