今回は、「リスキリング」について取り上げます。近年は「VUCA時代」と言われるように、企業を取り巻く外部環境は不確実性を増しています。そのような中で、従業員それぞれが個人としてスキルアップを図ることも大切ですが、組織としても自律性のある人材を育成し、変化に柔軟に対応できるチームビルディングの重要性も高まっています。そこで、本記事では “学び直し” 手段であるリスキリングの概要から、リスキリングが求められる背景、取り組むメリットや注意点などの基本を解説すると同時に、マネジメント層に役立つ自律型組織づくりのポイントをお届けします。ぜひ、ご自身の組織においてリスキリングを取り入れる際の参考にしていただければと思います。そもそも「リスキリング」とは?リスキリング(Re -skilling)の概要最近ではこの「リスキリング」をはじめとした “学び直し” について耳にする機会が増えてきましたが、改めてこの定義について押さえておきましょう。経済産業省によれば、リスキリングを以下のように定義しています。新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること上記の定義を見ると、個人として転職に必要なスキルを身につけることや、部署異動や担当取引先・業界の変更に伴って新たなスキルを習得することをイメージする方が多いかもしれません。もちろんそのような意味合いも含みますが、会社組織・事業部単位でリスキリングについて考える場合には、ビジネス環境の変化に適応するために組織単位で必要な新しいスキルの習得に取り組むことを指すと言えるでしょう。よく聞く「スキルアップ」や「リカレント教育」との違いは?リスキリングと似た言葉として、「スキルアップ」「リカレント(教育)」などが挙げられますが、類似点があるものの、取り組む目的や主体などにそれぞれ相違点があります。【スキルアップとの違い】現状のスキル磨くのか、新しいスキルを身につけるのかという点。取り組む主体としても、スキルアップが個人であるのに対し、リスキリングは企業主導で進めることが特徴です。【リカレントとの違い】どちらも必要なスキルや知識を新しく獲得するためという目的は同じですが、リカレントは主体が個人にある点、学ぶために休職を前提とする点などにおいてリスキリングとは異なります。リスキリングが話題になる以前は「リカレント(教育)=学び直し」という認識が強かったと思いますが、現在では「リスキリング=学び直し」という潮流の変化を感じます。ここ数年で誰もが感じているように、世の中の不確実性が高まると同時に、働き方が変化している状況の中では、「仕事か学習」の二者択一ではなく「仕事しながら学習」していくという考えが広まっていると考えられます。また、学び直しに関連して「生涯学習」も取り上げられますが、個人の興味関心に基づき、趣味やボランティア、社会活動などあらゆる範囲で学ぶことを指すという点でリスキリングとは大きく異なります。リスキリングにおいては、その学びが組織・事業にとって必要なスキルであり、そのために企業が主体となって取り組んでいるというポイントが重要と言えます。このように、リスキリングは企業主導で行い、組織単位で新たなスキルを習得・蓄積し、ビジネス環境の変化に適応していくためのものだということが見えてきたと思います。今、なぜリスキリングが必要なのか?リスキリングが注目を集める背景としては「DX(デジタルトランスフォーメーション)の潮流」が最もよく挙げられますが、ビジネスの仕組みの変化だけではなく、組織が抱える課題も別の一因として考えられます。ここでは、リスキリングがなぜ今求められるのかを企業の課題とともにまとめていきます。【背景1】IT人材不足でデジタル技術の活用がうまく進まないリスキリングが求められる理由の1つは、IT人材不足にあります。過去の記事でもご紹介しましたが、そもそもDX推進というのは本来、デジタル化して業務効率化や既存製品の付加価値を上げることではなく、データとデジタル技術を活用してビジネスモデルや製品を変化させ、競争力をつけていくことを意味します。今更聞けない「DX(デジタルトランスフォーメーション)」とは?推進のカギを握る人材のポイント - スキイキマガジンそのような中では、単にアナログだった業務をデジタル化して終わりではなく、ITリテラシーやデータ分析などの知見を押さえた上で、ビジネスに対する新たなアイデアを形にしていく必要があるのです。ただ、そのようなIT人材はどの企業でも不足しており、人材確保の競争が激しくなっているのが現状です。国内企業500社を対象に行われた「リスキリング」の実施状況に関するあるアンケート調査によれば、リスキリングで取り扱うテーマとして「データ分析」「情報セキュリティー」「ITリテラシー」「デジタルマーケティング」が上位を占めていることからも、事業に不足しているIT人材・ノウハウを補うためにも、まずは基礎的な部分から既存従業員に対しても学べる仕組みを整えていることがうかがえます。【背景2】トップダウン型の体制では変化に対応できなくなった外部環境の変化が激しい今、組織・事業に求められるのは、「いかに新たなアイデアや価値を世に出せるか」「いかにスピーディーに意思決定できるか」「いかに不測の事態に対応できるか」という部分ではないでしょうか。日本で一般的な従来の組織体制はトップダウン型で、指揮系統や管理の面では明確であるものの、環境変化への対応性の面では課題になりやすいことがうかがえます。そうした課題を踏まえ、組織体制をコラボレーション型に移行する動きも珍しくなくなってきています。各々が意思決定や実務遂行をし、変化にも柔軟かつスピーディーに対応しやすくなるという点で期待されている体制ですが、この場合には人材それぞれのスキルや知見が事業・チームに大きく影響するほか、個々の自律性も重要になるという点には注意しなければなりません。リスキリングの必要性はこうした面でも浮き彫りになっていると考えられます。【背景3】現場の人材育成へのリソースが足りず後回しになりがちIT人材にかかわらず人手不足が多くの企業の課題になっている今、日々の目前の実務に追われてリソースも不足していたり、マネジメント層も育成意欲がなかったり、計画や体系化がされていなかったりと、様々な理由で人材育成が難しく進まないケースがあります。そのため、現場だけではなく組織・事業部単位で主導して、計画を立てながら必要なスキル獲得を図るリスキリングが注目されているのです。昨今では、人材育成課題の解決の一手として、社内にはない知見を持った外部のプロ人材に業務委託で参画してもらい、依頼実務を通して既存社員の実質的な育成を図るという方法も生まれています。社内からだけでは必要なスキルを学んでもらうことが難しいのであれば、外からその知見を取り入れる意味で、プロ人材(外部人材)活用もリスキリングのための手法のひとつと言えるかもしれません。プロ人材(外部人材)活用の基本については、以下のプロ人材活用ガイド&事例集で詳しくご紹介していますので合わせてチェックしてみてくださいね。リスキリングに取り組む基本メリットと注意点ここからはリスキリングのメリットと、実際に取り入れる時にマネジメント層が押さえておきたい注意点をご紹介します。組織にとってのリスキリングの4つのメリットリスキリングを取り入れた後のメリットとしては以下の4点が挙げられます。自律型人材の育成に繋がる企業の競争力が高まる可能性がある企業文化やパーパスなどを押さえながら事業展開できる人手不足をカバーすることも可能リスキリングそのものは企業主導を基本としていますが、実際に学んでいく当事者は人材であり、各々が自発的に進めていくことが前提となっています。そのため、リスキリングを通し新たなスキルを獲得することで成長するだけでなく、自律的な意識を根付かせていくきっかけを生みます。その結果、マネジメント層の指示を待って対応するトップダウン型のスタンスから、自ら考え、得たスキルを活用して業務に落とし込んでいく文化を浸透させやすくなり、外部環境変化に強く競争力の高いビジネスを実現できるようになるはずです。また、リスキリングのメリットとしては、新たな採用戦略などとは異なり既存社員が新しいスキルを学び直していく取り組みであるため、組織文化やパーパスは押さえた上で本当に必要なスキルを活かし事業展開に反映させやすい点もあります。新たなスキルを自律的に実務に落とし込めるようになれば、今まで人材不足だった領域もカバーできるようにもなるでしょう。ただし、メリットの裏返しにはなりますが、リスキリングを組織全体で行う際にデメリットも存在します。スキル習得による転職リスク人材不足やスキル補填の即効性はないひとつは、人材が新たなスキルを身につけたことで、実質的に転職を促進してしまうリスクが生まれることです。獲得したスキルを十分に発揮できるような環境がなかったり、そもそも自社・事業に満足をしていない場合には離職に繋がってしまう可能性が考えられます。また、リスキリングを推進していくのには時間も手間もかかります。今すぐにでも人手不足を解消したい場合や、スキルを補う必要がある場合には、リスキリングを取り入れても思うように早くには効果が表れず、逆に個々の業務時間の圧迫、モチベーションの低下に繋がってしまうことも想定されます。このように、デメリットも存在することから、マネジメント層が特に押さえておきたい注意点を見ていきましょう。リスキリングに取り組む際に押さえたい注意点取り組みやすい環境を整備する従業員のモチベーションが維持される仕組みをつくる社員の自発性を尊重するリスキリングは、ただ実施すればいいのではなく、きちんと取り組みやすい環境や仕組みをつくるということが一番のポイントです。そのため、まずはマネジメント層自身が実際に取り組んだり理解を深めた上でその経験を共有していくなど、実践する当事者のことを考えながらその方法を整備していくことが重要になります。また、スキル学習のためにはモチベーションの維持も重要です。リスキリングは継続することで効果を発揮するため、事業部やプロジェクト単位で取り組んでいくほか、インセンティブを用意するなど仕組みづくりをしていくことも有効でしょう。そして最後は、社員の自発性についてです。新しいことにチャレンジする際には、どんな人でも負荷やストレスがかかります。そのため、その人材のキャリアプランや目標などに沿うようにリスキリングを行ったり、意思をヒアリングしながら進めることで、リスキリングの効果は高まるでしょう。このように、マネジメント層やマネージャー自身が実際に体験するほか、各メンバーの状況や意思を理解した上でリスキリングを進めることを押さえ、中長期的な計画を立てた上で実行に移していくことを意識しましょう。推進するマネジメント層必見!リスキリングの進め方最後に、リスキリングの進め方のステップをご紹介します。組織が今どの段階にいるのかを意識しながら、リスキリングの取り組みを進めていただければと思います。【ステップ1〜2】現状把握ステップ1:各メンバーのスキルを見える化ステップ2:経営戦略や事業戦略を実行する際の課題を洗い出すまずは、現状各メンバーが持っているスキルを見える化すること、そして事業戦略を実施するにあたって必要なスキルとのギャップを確認します。現状把握をする際に、日々の業務の棚卸しも合わせて行い、個々が担当している業務とスキルが合致しているのかを整理したり、チームで整理したスキルを共有したりして、チーム全体の弱みの部分を洗い出す機会を作るのも良いでしょう。【ステップ3〜4】目標設定ステップ3:事業の目標設定に基づき必要なスキルを設定 ステップ4:スキル習得までプロセスを明確にする現状把握をした後には、リスキリングに取り組む際の目標設定とそのプロセスを計画立てすることが重要です。リスキリングは継続的な取り組みになるので、まずはゴールを設定し、中間目標や各プロセスの流れまで検討して整理すると良いでしょう。そうすることで、リスキリングに取り組む際に方向性がズレてしまうのを防ぐことができますし、モチベーションの維持や、実際にスキルが身についてくる時期なども想定しやすくなり、よりリスキリングの効果を実感できるでしょう。【ステップ5】計画に沿って実行目標設定や計画を立てた後は、リスキリングに取り組むのみです。業務と並行して行うことから、マネジメント層が業務とのバランスや進捗を把握したりすることが重要です。オンライン講座を受講したり、資格取得を目標に自主的に学習したり、外部のプロ人材にチームに参画してもらったり、リスキリングには様々な方法が考えられますが、メンバーそれぞれとコミュニケーションを取りながらサポートをするという意識を持つようにしましょう。【ステップ6】活用:学びの共有と実践リスキリングに取り組み始めてからは、よりチームでの共有・連携・提案を行いやすい環境づくりが重要になってきます。リスキリングに取り組んでいたとしても、活用する場がなければ人材は離れていってしまうことも考えられます。そのため、各メンバーがリスキリングしている内容を共有し、お互いに知る場を設けたり、企画会議などで全員が提案できるような風土づくりをするなど、場づくりの改善・向上をマネジメント層が意識することがポイントです。そのような環境下であれば、社内にはないスキルやノウハウを持った外部のプロ人材もチームに招きやすい体制となります。自主的に学習を進めるほか、実務の中で新たな領域の知見を得て、チーム全体に蓄積していけることを考えれば、リスキリング手段のひとつの選択肢としても検討しやすいでしょう。いかがでしたか?リスキリングと聞くと、個々が取り組むテーマのように思われる方もいるかもしれませんが、企業主導でチーム全体で取り組むことで、人材育成や強いチームづくりに繋がることが見えてきたと思います。新たに必要なスキルに対し、リスキリングを行うことで、チームはもちろん組織全体が成長する足掛かりになる可能性も秘めているはずです。そして、外部のプロ人材を招くことでスキルの取り入れを加速させるなど、推進の工夫方法も様々考えられますので、ぜひいち早くリスキリングを推進し、自律型人材の育成、自律的なチームビルディングの一手として検討してみてはいかがでしょうか。